10月 21 2015
農地の時効取得
先日,農地の時効取得に関する登記手続をさせていただきました。
通常の土地の売買と比べ,「農地」であり,かつ「時効取得」というレアなケースでしたので,どなかたの参考になるやもしれず,念のためまとめておきたいと思います。
農地は簡単に売買,贈与,賃貸(譲渡等)をすることはできず,勝手に農地以外に変更することもできません
自分が所有している土地については,原則として誰に売ろうが,誰にあげようが,誰に貸そうが自由です。また,自分が持っている土地に家を建てようが駐車場にしようが資材置き場にしようが役所にあれこれ言われる筋合いのものではありません(ただし,建物の建築については建築基準法の制限等があります。)。
しかしながら,農地(田んぼや畑など)はこのようなことが原則許されないことになっています。
その理由は,農地を農家ではない人に譲渡等をしてしまったり,譲渡等をしないまでも農地を宅地にどんどん変えられてしまうと,将来的に日本から農地が無くなってしまい,国民の食料の安定供給を確保することができなくなってしまうためです。
農地の譲渡等をする場合や農地以外のものに変えるためには許可が必要です
食料の安定供給が農地法の目的ではありますが,農地を宅地として利用したいケースもありますし,農地を農地のまま売りたいこともあります。このような場合は,農業委員会の許可があればできることになっています。
農地法3条の許可→農地を農地のまま農家の方に譲渡等をする場合
同4条の許可→農地を農地以外(宅地等)に変える場合
同5条の許可→農地を農地以外に変えて,第三者に譲渡等をする場合(3条と4条の合わせ技)
このうち,4条と5条の許可については,農地を農地ではないものに変えますので「農地転用」と呼ばれていますが,農地転用については,その土地が市街化区域にある場合は許可は要らず,単に届出を出せば,農地を宅地に変えたり,第三者に譲渡等をすることができます。
※市街化区域とは
都市計画法に規定があり,ざっくり言えば,農地ではなく市街化を推進している地域です。愛知県内だと名古屋市は市内の大部分(面積の約93%)が市街化区域ですが,飛島村は市街化区域は半分もありません(約39%)。
※許可制と届出制
許可というのは,役所に申請をして許可が出た時に効力が発生しますが,届出は役所からの応答は必要なく,単に届出さえすれば良いものですので圧倒的に届出の方が楽です。
ちなみに,農地法の許可なく譲渡等をした場合は,その契約が無効になるのみならず3年以下の懲役または300万円以下の罰金というかなり重い刑罰を科される可能性があります。
農地を取得することについて例外的に許可が要らない場合
農地を取得する場合は,農地法3条の許可が必要であり,売買や贈与を原因として取得する場合は,取得する人は基準を満たした農家の人でなければなりません。しかし,例外的に3つのケースにおいては農家ではない人でも農地を取得することができます。
(1)相続で取得する場合
亡くなった人の財産は,法律の規定により当然に相続人が相続する(取得する)ことになっており,これは農地であっても変わりません。
(2)遺贈で取得する場合
相続人に対する特定遺贈や相続人以外の者に対する包括遺贈の場合は許可は不要となります。相続人に対する特定遺贈は相続とほぼ同じ状況ですし,包括遺贈は例え第三者であっても相続人と同一の権利義務を有すると規定されているためです(民法990条)。
逆に言えば,第三者に対する特定遺贈の場合にはやはり許可が必要となります。これは,実質的には(死因)贈与と同じだからです。
(3)時効で取得する場合
20年以上の間,第三者所有の土地を占有し続けると自分の物になるという制度があります(民法162条)。
ただ,法律上は「原始取得」と言って,20年経ったときに自分の物になるのではなく,「占有し始めた時から自分の物だった」ということになっています。とすると,始めから自分のものだったものに許可が要るというのは筋が通らないので,許可は不要となっています。
時効取得で取得する場合の登記手続
裁判所の判決で登記する場合は別ですが,当事者間で合意して登記する場合は以下の書類等が必要となります。
【現在の名義人の方】
・権利証
・印鑑証明書
・実印
【取得する方】
・住民票
・認印
さらに,上記に加えて登記原因証明情報を作成する必要がありますが,時効の要件を満たしていることを証明する書類は必要ありません。
当事務所にご依頼いただいた場合,取得する方にかかる費用は,役所との打ち合わせの回数にもよりますが,当事務所の報酬が6~8万円(税別)と登録免許税(土地の評価額の2%)と2~3000円程度の諸費用(登記情報の取得費など)となります。また,現在の名義人の方に関しては,住所変更等があれば住所変更登記の費用(1万円強)と登記原因証明情報の作成費(1万円程度)が必要となります。
時効取得の裁判
20年以上占有していても相手(現在の登記名義人)が登記手続に応じてくれないようであれば訴訟を行って登記手続を進めるしかありません。その際,相手が争わないのであれば問題ありませんが,争ってくる場合は20年以上占有していることを証拠によって立証する必要があります。
例えば,土地上に建物が建っているようであれば建物の登記事項証明書が証拠になると思いますし,土地の固定資産税を支払っているのであれば,納税証明書なども有力な証拠になります。
このような訴訟手続については,弁護士または司法書士が代理人となって手続を行うことができますが,司法書士には土地の評価額が280万円以下であるケースに限られます。もっとも,一般的には農地は宅地と比べて評価額が低くなっているため,多くのケースで司法書士が代理人となって裁判手続を行うことができます。
また,代理人になれないケースでも書類作成を通じて裁判手続きに関与させていただくことができます。
当事務所では,時効に関する訴訟も多く手掛けておりますので,お気軽にご相談いただければと思います。
脱法移転の防止
すでに述べたとおり,農地の譲渡等をする場合は原則として農地法3条の許可が必要となりますが,時効取得の場合は許可は必要ありません。そして,時効取得の登記申請に際して時効の要件を満たしていることを証明する書類は不要ですので,当事者が合意してしまえば本当は時効取得の要件は満たしていないにも関わらず,時効取得を原因として登記をしてしまおうと考える方が出てくることは想像に難くないと思います。
そこで,そのような不正な登記を防止するために役所において様々な防止策が取られています。
ざっくりまとめると以下のとおりです。
時効取得を原因とする農地の移転登記の申請→申請を受けた法務局が農業委員会に通知→農業委員会が調査→問題ないようであればそのまま登記を進め,問題ありの場合は取下げ等を勧告する。
場合によっては刑事告発されることもありますので,時効が成立していないにも関わらず,時効取得を原因とする登記申請はしないようにしてください。
なお,当事務所でご依頼をお受けしたケースも,ちゃんと登記申請前に時効取得を裏付ける資料について確認をしており,かつ,農業委員会と登記申請前に打ち合わせをしています。
なかなか時効に関する登記は多いケースではありませんが,当事務所はなぜか時効に関する登記(時効に基づく所有権移転,時効に基づく抵当権抹消登記等)のご依頼が多いため,お困りの際は遠慮なくお問い合わせいただければと思います。
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